3月8日の「国際女性の日」にちなみ、SHUREジャパン主催の配信イベント『【音響女子×SHURE】プロオーディオWomen’s Day』が2021年3月9日(火)に開催されました。イベントのトークセッションに登壇したのは音響業界で活躍する3人の“音響女子”、加藤晴美さん(有限会社ハルソニック)、齋藤比鶴さん(株式会社東京音響通信研究所)、松田雅子さん(有限会社KENNEK KNOCK)。そして、数々のミュージカルやコンサートの演出を手掛ける演出家・小林香さんがモデレーターを務めました。
落ち着いた物腰で的確なコメントをしつつ、テキパキとトークを進行する小林さん。それぞれのキャリアを振り返りながら、働く女性の悩みやその乗り越え方を共有し合い、これからの女性の可能性を感じるポジティブなメッセージが込められたイベントとなりました。
配信会場となった丸の内COTTON CLUBにて、トークセッション終了直後の小林さんにインタビューを実施。演劇業界にいる女性の一人として日々感じていること、考えていることを、赤裸々に語っていただきました。
2021年3月9日(火)
『【音響女子×SHURE】プロオーディオWomen’s Day』 丸の内COTTON CLUBにて
商業演劇界の中で感じた “ガラスの天井”
●本日は音響女子イベントのトークセッションにモデレーターとして登壇されました。どんな経緯から音響業界のイベントに参加されることになったのでしょうか?
今回のイベントの主催であるSHUREジャパンの方が、私の演出作品を観てくださっていたようなんです。一昔前まで男性社会と思われていた演劇業界で、私は「女性演出家」としてこれまで続けてきました。音響業界のイベントではあるけれども、働く女性としての共通点がたくさんあるのではないかということで、お声がけいただいたようです。
●なるほど。2002年に東宝でプロデューサーとなり、演出家として独立されて今に至るまで約20年。そんな小林さんから見て、演劇業界で働く女性の立場や価値観は変わってきていると感じますか?
業界の流れは大きく変わってきていると思います。何より、ミュージカル興行が増えたことが一番大きいですね。私が東宝で働き出した頃は、帝国劇場でも1年のうち半分が座長芝居、残り半分でミュージカルやショーが上演されるという時代でした。今はすっかり変わって1年中ミュージカルが上演されていますよね。ミュージカルが増えるにつれて女性のお客様が占める割合が高くなり、それに伴い、プロデューサー、音響、照明、美術などの職種で女性が増えてきている印象があります。
●さきほどのトークセッションで、仕事をする上で「“ガラスの天井”を感じる」とお話しされていました。それがどういうことなのか教えていただけますか?
商業演劇界のベースは男性社会のカルチャーでできてきました。なので、常識とされているものは男性が作ってきたものだと思います。そこに女性が入ったとき、どうしても男性社会のカルチャーに自分を合わせなきゃいけないことがあります。それが非常に苦しいです。もし合わせなくて済むのであれば、もっと自由に息をしているのに、と思います。私は男女関係なく、ただの私という演出家でありたい。けれど私には常に「女性演出家」という冠がつくんです。そのカルチャーがもし私たちみんなに対して開かれているカルチャーだったら、もっと豊かな舞台がたくさん作れるんじゃないかなと思います。
覚悟の出産「それでも、私は仕事をする」
●小林さんは2017年に息子さんをご出産されています。仕事を続ける中での出産・育児に不安はありましたか?
私、一度決めたら不安じゃないんですよね。なるようにしかならないし、その中でとにかく頑張るという性格なんです。ただ、もし私が数少ない「女性の演出家」で、出産・育児によってかっこ悪い作品を作ってしまったら、後に続く女性たちに悪影響を及ぼしてしまうかも、ということは意識しています。
出産にあたっては、子どもに迷惑をかけるという覚悟で生みました。私は仕事を大事にしていて、ミュージカルを通して叶えたいことを出産・育児によって諦めないと決め、そのために息子を長時間保育園に預けています。いつお迎えに行ってもうちの子が最後なんですよ。朝も「お母さん、保育園行きたくない」って泣くんです。実は今朝もすごい号泣されて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら足にしがみついてきて・・・・・・。それでも、私は仕事をする。そういう覚悟で仕事と向き合っています。息子には「本当、こんなお母さんで申し訳ない。それでも生まれてきてよかったと思ってもらえるように、お母さん頑張るから。ごめんな」という気持ちでやっています。だから私、全然いいお母さんじゃないんです。
●息子さんが成長されたとき、自分の意思を貫くかっこいいお母さんだと思ってもらえるといいですね。出産後の働き方に変化はありましたか?
作品に関わるみんなの裏の生活を守るということを、より一層意識するようになりました。例えば、私の稽古は11時0分に始まって18時0分に終わるんです。なぜならば、みんなにもそれぞれ生活があるから。私の場合は保育園のお迎えがありますが、もしかしたら介護している人、アルバイトを掛け持ちしている人、付き合いたての恋人ともっと一緒に過ごしたいという人がいるかもしれません。こう考えるようになったのは、以前お仕事でご一緒させていただいた坂東玉三郎さんの「みんなの裏の人生も演出するのも演出家の仕事ですよ」という言葉が大きなきっかけです。この言葉と自分の出産のタイミングが一致していたので、特にそう思うようになりました。
「国際女性の日」がいつの日かなくなるために
●小林さんは演出のみならず、脚本・作詞も手掛けたオリジナルミュージカルの制作を精力的に行っていらっしゃいます。最近では『SHOW-ism』シリーズの最新作として『マトリョーシカ』のコンサートバージョンが上演され、物語を通してリアルな現代日本を描いていたのが印象的でした。やはりオリジナル作品を作るときには、そのときの社会情勢を反映させることを意識しているのでしょうか?
自分の中にあるものでしか作品は作れません。たとえ外国や違う時代の話だったとしても、エンパシーを感じるものでないと怖くてお客様の前に出せないんですよ。自分が心から感じていることを舞台の上で伝えるって、とても勇気が必要なことなんです。そういった意味で、私は今舞台を観ている時間よりも、舞台と関係ないものをインプットしている時間の方が長いと思います。若いときは月に20本程観劇していましたが、今はコロナとは関係なく観劇回数が減ってきました。その分、本や新聞を読み、ニュースや映画を見ています。すると、たとえ自分の住んでいるところから遠い場所の話でも、非常にエンパシーを感じることがあるんです。そういったものは直視しないといけないなと思っています。
●今の日本に、どんな作品を届けたいですか?
依然として女性が不自由であることを取り上げたいと思います。それが私にとって一番大きな問題。そこに対してたった1ミリでも、1グラムでもできることがあるならば、絶対に作品を通してやろうという想いです。これからの若い世代や子どもたちに希望を見せられるような作品を作りたいですし、日本の話にしたいです。日本の話だけれども、決してドメスティックにするのではなく、世界中どの国に持っていっても通用するような作品にしたいと考えています。
●これからのオリジナル作品制作において、積極的にジェンダーに関する問題を取り入れられるんですね。
ただ女性について主張したいというわけではありません。ジェンダーに関わらず、セクシャルマイノリティ、国籍、人種、宗教、貧困、住むエリアなど、不平等と不自由がある限りはそれを作品の中でしっかり捉えていきたい。30代半ばまではそのときに求められているもの、流行に乗っているもの、役者の個性を活かすものなどを作ってきました。けれど出産のタイミングで少し立ち止まったとき、「私はあとどれくらいオリジナル作品を生み出せるのだろう」としみじみ考えてみたら、「そんなにたくさんでもないな」と思ったんです。年齢的にもそういったことを真面目に取り上げていきたいと感じるようになりました。今現在、その準備をしています。
●最後に、全国の女性に向けてメッセージをお願いします。
今の日本では、女性が女性の権利のために立ち上がることが少し恥ずかしいことであるかのように捉えられていると感じます。男みたいな女と言われたり、“フェミニスト”という言葉がなんだか悪い言葉として受け止められたり、ということはまだあります。Time’s UpやMeToo運動などいろんな動きが海外にはありますが、ジェンダー指数が153ヵ国中120位という現実に対して何かアクションしましょうよ。著名になればなるほど言いにくくなっているのだと思うけれど、発信力がある人はどんどん発信していいはずなんです。それが政治的発言だとは私は思いません。だって命の話だから。そもそも3月8日は「国際女性の日」ですけれど、そんな日があること自体、まだまだ女性が不自由であることを表していると感じます。「国際女性の日」がいつの日かなくなるために、発信すべきです。喧嘩をするためではなく、手を結び合うために。
《Profile》
小林香
演出家・脚本家・作詞家・訳詞家
同志社大学卒業後、演出家・謝珠栄に師事。東宝株式会社にて帝国劇場/シアタークリエにて演劇プロデューサーとして活動後、舞台演出家として独立し現在に到るという異色の経歴を持つ。
数々の海外ミュージカルの演出を手掛け、演出・脚本・作詞を一手に任う「オリジナルミュージカル」と、日本では数が少ない「ショー」の創作も得意としている。
2020年「女性の演出家が起用されるのは極めて稀」と言われる帝国劇場で、東宝ミュージカル史を辿るメモリアルコンサートの演出を担った。
執筆者:松村 蘭(らんねえ)
演劇ライター。1989年生まれ。埼玉県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒。出産を機にIT企業を退職し、ライターへ転向。仕事のお供はMacBook AirとCanon EOS 7D。いいお芝居とおいしいビールとワインがあるところに出没します。
Twitter:@ranneechan
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