• 井上麻子 /Asako Inoue

芸術にお金を生み出す。芸術を心から愛する元金融ウーマンの夢が動き出す。

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7歳の頃からプロのバレエダンサーを目指していたにも関わらず、あるきっかけで金融の道へ転身。そして2020年6月、密かに燃え続けていた芸術への愛とお金のスキルを活かし、芸術家たちをサポートするオンラインプラットフォーム「DIVA(ディーヴァ)」を立ち上げた大和芽萌里さん。今回は”芸術で生活できる世界”を作るために動き始めた芽萌里さんのアイデアと、異色の経歴の秘密をお話してもらいました!




アーティストが本業で生活できる未来を作るオンラインスクール「DIVA」

◆ 芽萌里さんが1月にリリースした「DIVA」はどんなサイトなんですか?


DIVAは芸術分野に特化したオンライン学習サービスで、現役の音楽家、ダンサーや俳優、ベテラン教師の方々からオンラインで直接授業が受けられます。生徒さんはプロのアーティストを目指す方から、シンプルにカラオケが上手になりたい方まで広く募集しています。若手の生徒さんには留学やキャリアといった夢を応援する仕組みをつくるとともに、企業の福利厚生などでもDIVAのシステムを活用していただけたらと思っています。経歴が素晴らしい先生が集まってくださったので、本格的なオンラインレッスンにしていきたいです。



◆ DIVAを立ち上げたときの思いはどんなものだったのでしょうか?


新型コロナウイルスの影響で世界中の劇場がクローズしてしまったと知り、何かできることはないかという思いが強くありました。高校時代にたまたま調べたことがあるのですが、かつて第二次世界大戦の時でも多くの劇場は開いていたんですよね。これはよほどの事態だなと思いました。あとは、私自身ずっとバレエをやっていたので、日頃からどうしたらアーティストは食べていけるのだろうかと考えていました。同じことを20年も考えていたように思います。そこで思いついたのがDIVAです。舞台芸術にプラットフォームをつくれば、アーティストは自分の芸術でお金を稼ぐことができるし、生徒さんにとっては様々な芸術に触れる機会にならないかと。芸術って愛好家の中だけでお金が回っているような世界なので、楽しめる層をもっと増やして、開かれた市場をつくりたいと思っています。


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バレエダンサーから金融マン。サポーターとして再び芸術の世界へ。

◆ 芽萌里さんの経歴がとっても興味深いのですが。最初はプロのバレエダンサーを目指されていたんですよね?


もともと家族が芸術家気質というか、父は音楽、母はジャズダンス、祖母は日本舞踊の師範とダンスや音楽が身近な家でした。バレエを始めたのは4歳なのですが、小学校入学と同時に「橘バレヱ学校」という厳格なバレエ学校に入りました。入学した当日に「ここはプロになる人しか入れません」と言われて、あ、将来バレエのお仕事をするんだと(笑)。それから高校卒業までずっと学校とバレエの往復でした。たまに子役で舞台に出る時は学校を早退したり、修学旅行を早退したこともあります。高校時代にはずっと憧れていたロシアのバレエの世界に留学もして、バレエの道しか考えていなかったです。



◆ そんなに一直線にやられていたのに、どうして金融の道に…?


それは紆余曲折がありまして…(笑)。いよいよバレエ団に入れる!となった時、実は日本のバレエ団はお給料が出ないという事実を知ったんです。むしろマイナスになると。。。衝撃でした。家族のことも考えてひとまず進学しました。でもそれまで散々日本やロシア人の先生から厳しくご指導いただいていた世界と比べると、大学の雰囲気はゆるすぎて、なかなか馴染めませんでした。既に芸術の世界で活躍する友達と境遇を比べてしまったりして、学部の最初の頃は本当に辛かったです。それで「勉強しよう!」と。



◆ え、勉強ですか!?


はい。毎日あったバレエの練習がなくなってエネルギーを持て余してましたから。ただ、勉強するうえでも漠然とだけではなく目的が必要だったんです。そこで1番大変そうな試験を受けようと、官僚になるための「国家公務員一種」を受けました。ただ、官僚を目指すうえでは気持ちの準備ができていませんでした。試験には受かったのですが、財務省の面接で「尊敬する人は?」と聞かれたときに、咄嗟に脳裏に浮かんだのは「ウリヤーナ・ロパートキナ」というロシア人バレエダンサーでした。政策をやりたいという気持ちは本当にあり、大学院まで進んで勉強をしたのですが、最終的に企業を選んだのはバレエへの関わりを気持ちの上で捨てられなかったからです。当時は大人の方にバレエを教えていたのですが、その体験が本当に素晴らしくて。。。生徒さんからも「辞めないで」って言われていたんですよ。企業のなかでも銀行を選んだのは、正直なところ9-17時で働いて、終わった後にバレエの先生がやろうという考えからでした(笑)。



◆ まさに紆余曲折ですね。金融のお仕事はどうでしたか?


楽しかったですよ。舞台のような華やかな世界ではないですが、特に企画やクロスボーダーのプロジェクトを任されるようになってから、やりがいを感じるようになりました。お客様、というとビジネスで嘘っぽいかもしれませんが、プロジェクトがクローズして感謝されたときに、純粋に喜びを感じました。バレエもDIVAでもそうなのですが、「人と共感できた」、とか「信頼を得られた」と感じたときにやりがいを覚えるように思います。ちなみに、バレエの先生は副業規定もあって入社早々断念せざるを得なかったのですが(笑)



◆ DIVA立ち上げには、どのようなきっかけがあったのですか?


まずきっかけとなったのは、本当に偶然なのですが、外資系金融時代に、某劇場の研修所へのスポンサー業務を経験したことです。劇場の芸術監督で、中高生時代にレッスンを受けていた先生に再会することができて、人生で二番目ぐらいにうれしかったです。ただその体験は結果的に芸術への支援の難しさを知ることにもなりました。大学院時代には政策の立場から、企業では民間の立場から社会における芸術の立ち位置を考えることになりました。DIVA立ち上げの直接のきっかけはコロナですね。当時、某外資系企業に転職する予定だったのですが、それも辞退して、気が付いたら会社をつくっていました。



◆ 今はちなみにDIVAのお仕事一本なんですか?


はい。「芸術家が本業で生活できる社会」という大きな理念を掲げてしまっただけに、やろうと思っていることは無限にありまして(笑)。ただ、気を付けていることは、芸術家が生活できるようにビジネス化することが大事なのですが、ビジネスそのものが目的になってはダメだということです。私自身は、お金を稼ぐことに未練は全くありません。尊敬するJPモルガンのCEOのジェイミー・ダイモン氏の言葉ですが、経営の秘訣の1つとして語っていることのなかで、「be(ing) authentic」という言葉が好きです。日本語でいうと「本物であれ」という意味でしょうか。芸術を使ってビジネスをやりたいのではなく、芸術を発展させたいという目的が大事だと思っています。子供の頃からの紆余曲折があって起業に至りましたが、これまでの経緯を大切に、本物の情熱をもって仕事をしていきたいと思っています。


オフィシャルウェブサイト:https://divaworlds.com/j



《Profile》

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大和芽萌里 (Memori Yamato)


幼少より橘バレエ学校にてバレエを学ぶ。日本ジュニアバレエ、A.M.ステューデンツ21期生。

11歳でキエフバレエ学校、高校時代にはキーロフバレエ(現・マリインスキーバレエ)の前芸術監督であったオレグ・ヴィノグラドフ氏の推薦によりキーロフバレエアカデミーに留学した経験を持つ。

東京大学公共政策大学院卒。三菱UFJ信託銀行、JPモルガン等を経てDIVA株式会社を設立。「アーティストが本業で生活できる社会」を追求。



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撮影協力:SAAI -Wonder Working Community-


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執筆者 : 井上麻子 /Asako Inoue

食べること、つくることに関する取材が多め。舞台芸術、スポーツ観戦、音楽イベント、卵など、“生”で楽しめるものはたいてい好き。SAKE DIPLOMAの資格を持ち、「日本酒のおねえさん」としてときどきポップアップSAKEバーも開催している。